2009年7月 5日 (日)

東京都庭園美術館のムクノキ

東京都港区白金台5-21-9  東京都庭園美術館(旧朝香宮邸)撮影2009.5 巨樹MAP
P517001711w400_3P517002611w200w180P517000411w200w180山手線目黒駅から歩いて10分、東京都庭園美術館に行きました。昭和8年(1933年)に朝香宮邸として建てられた建物を美術館として公開しています。この建物自体がヨーロッパの装飾美術アール・デコ様式の美術品になっています。建物内での展覧会は、18世紀ロシアの女帝「エカテリーナ2世(17291796)の4大ディナーセット」をやっており見学してきました。
 
この美術館は、広大な庭園を有しており庭園のみの入園(100円)も可能です。ぐるりと散策して一番大きい樹がこのムクノキでした。幹につたがからまっています。また幹の裏側は空洞ができていました。このとなりに立っているのはエノキです。

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2009年6月20日 (土)

金鑚神社のカヤ

埼玉県本庄市千代田3-2-3 金鑚神社境内 市指定天然記念物 撮影2009.4 巨樹MAP
目通り3.5m 樹高25m
P4270005w400P4270006w200 モバイルPCを買いました。マクドナルドでこのブログの更新もしてみました。巨樹MAPのリンクには時間がかかりましたが全く問題ありません。便利になりました。またひとつ世界が広がりそうです。
 このカヤはクスノキのすぐそばにならんであります。クスノキは県の天然記念物、カヤは市の天然記念物に指定されています。
「金鑚神社
 所在地 本庄市千代田3-2
 金鑚神社の祭神は天照大神、素戔嗚尊、日本武尊の三神である。
 社伝によると、創立は欽明天皇の二年(541)と伝えられている。武蔵七党の一つである児玉党の氏神として、また、本庄城主歴代の崇信が厚かった。
境内は、ケヤキやイチョウなどの老樹に囲まれ、本殿と神殿を幣殿でつないだ、いわゆる権現造りの社殿のほか、大門、神楽殿、神輿殿などが建っている。本殿は享保九年(1724)、拝殿は安政7年(1778)、幣殿は嘉永3年(1850)の再建で、細部に見事な極彩色の彫刻が施されており、幣殿には,江戸時代に本庄宿の画家により描かれた天井絵がある。
当社のご神木となっているクスノキの巨木は、県指定の天然記念物で、幹回り5.1m、高さ20m、樹齢約300年と推定される。これは本庄城主小笠原信嶺の孫に当たる忠貴が社殿建立の記念として献木したものと伝えられる。
このほか、当社には市指定文化財となっているカヤ、モミ、大門、神楽、小笠原忠貴筆建立祈願文がある。
昭和603
埼玉県
本庄市」

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2009年6月18日 (木)

金鑚神社のクスノキ

埼玉県本庄市千代田3丁目23号 金鑚神社境内 県指定天然記念物 撮影2009.4 巨樹MAP

目通り5.8m 樹高20m 推定樹齢350
P4270003w400_2P4270007w400w200_3高崎線本庄駅で下車し、北口を出て徒歩20分のところに金鑚(かなさな)神社はあります。本庄は江戸時代に、中山道最大の宿場町「本庄宿」として栄えたといいます。また明治に入ってからは養蚕の町として発展しました。そんな昔の面影が随所に残る歴史の街でした。
「埼玉県指定天然記念物
金鑚神社のクスノキ
昭和44331日指定
クスノキは、元来暖帯地方に自生し、わが国では主に九州地方、近畿地方南部及び東海道関東地方の太平洋沿岸地方に生育する植物で、北関東でこのような巨木になったのは珍しい。目通り5.1m、根周り9.8m、枝張りは東へ14,2m、西へ15.6m、南へ15.0m、北へ13.8mと四方へ平均して伸び樹齢およそ350年と推定され樹勢盛んである、このクスノキは寛永16(1639) 金鑚神社社殿改修のおり小笠原忠貴が献木したものと伝えられ、金鑚神社の御神木として今日にいたる。
埼玉県教育委員会
本庄市教育委員会」

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2009年6月 7日 (日)

御開帳大回向柱

長野県長野市善光寺境内 撮影2009.4 巨樹MAP
P42800031w400 P42800091w400_2 P42800101w200 善光寺では45日から531日まで7年に一度の儀式、御開帳がおこなわれました。うまいぐあいに4月末に参拝する機会がありました。まず本堂前に立てられたこの回向柱に触り、次に本堂正面右側の階段を上がり、前立本尊を参拝します。途中病気を治す力があるといわれる「びんずるさん」は多くの人々に撫でまわされて磨り減っていました。本尊参拝が終わると次はお戒壇めぐりです。これは本尊の真下に作られた回廊を巡るもので、真っ暗やみの中を鍵(極楽の錠前)を探り当てるのです。それにしても真っ暗闇は不気味です。大勢の人達がいたにもかかわらず怖くなってしまいました。20分ほど並びましたがスムーズに参拝できました。今回の参拝客は史上最高の人出で、前回2003年よりも45万人も上回る673万人の人々が訪れたといいます。
「御開帳大回向柱
 本堂正面に立つ、一辺45cm高さ10mの巨大な角塔婆を、大回向柱といいます。大回向柱に結ばれた善の綱は、本堂内々陣へと導かれ、前立本尊中尊阿弥陀如来の右手へと繫がれます。この大回向柱に触れることで、前立本尊との結縁が果たされるといわれています。
 大回向柱に書かれた梵字は、上からキャ、カ、ラ、バ、アと読み、宇宙の構成要素である五大(空、風、火、水、地)が円満に備わっている姿、すなわち五輪を表し、大宇宙に遍満する仏様のいのちを象徴しています。その下には「奉開龕前立本尊」(前立本尊のお厨子をお開き申し上げます)と書かれ、前立本尊の御開帳を高らかに宣言しています。
 大回向柱は、松代町(長野市松代)の松代町大回向柱寄進建立会より寄進されるならわしとなっています。松代を城下町とする松代藩は、現本堂が再建されるのにあたり多大なる貢献がありました。
 元禄142月、松代藩主真田伊豆守幸道は、幕府より本堂普請を仰せつかりました。168月、小山田平太夫を惣奉行に以下諸掛役人40余人、足軽100人を出役させ、宝永元年(1704)9月細工を始め、宝永46月藩主幸道参詣出工事視察、71日上棟、813日入仏、815日に供養を行いました。3年の歳月をかけ、現本堂は松代藩の普請支配と外護により完成しました。
 今年松代より奉納された回向柱は、樹齢250年の杉が使われております。」

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2009年6月 1日 (月)

諏訪神社の杉神木根

新潟県湯沢町湯沢354-1 湯沢町歴史民俗資料館「雪国館」撮影2009.4 巨樹MAP
Dvc00003w400 越後湯沢から徒歩5分、湯沢町歴史民俗資料館「雪国館」に入りました。雪国館と呼ばれるのはここが川端康成の小説「雪国」の舞台だからです。入口に杉の神木根が設置されていました。芸者駒子と小説家島村が愛を芽生えさせた諏訪神社のご神木です。新幹線建設で伐採されたようです。
 
中に入ると川端康成の遺品や、駒子のモデルとなった、芸妓松栄の住む置屋が再現されていました。雪国湯沢の郷土民具で印象的だったのは大ソリです。3月半ばに雪が降り止むと大ソリが動き出します。谷や沢が雪で埋まっているこの期間に、雪の上にソリを滑らせ木材や石を運び出したといいます。だいもち(大持)ゾリともいわれました。長さは5mほどあるでしょうかとても頑丈にできています。初めて見ました。
「諏訪神社 神木根 林伐大衝立
所在地 大字湯沢字宮根858
樹種  杉
樹齢  300有余年
重量  900kg
最大直径 3.8m
植林  西暦1650年頃と思われるが記録なし
伐採期 昭和48年上越新幹線用地方線決定による
仕上がり日数 5年有余ヶ月
作製者 石白町内 山崎喜次郎」

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2009年5月24日 (日)

八坂神社のケヤキ

千葉県香取市佐原イ3368(八坂神社境内・山車会館前)撮影 2009.5 巨樹MAP
P51400061w400_4 P51400021w200_4 佐原は古い町並みが保存されています。江戸時代末期から昭和のはじめにかけて利根川の舟運とともに栄えた町で、その頃の建物が保存されています。このケヤキは八坂神社の境内にあり、「水郷佐原山車会館」の建物にくっ付くように立っています。建物の影響か、幹は少々傾き加減で窮屈そうに見えます。この建物には佐原の大祭に出される本物の山車が展示されています。
 
近くの旧三菱銀行佐原支店の建物は赤レンガの洋館です。自由に中に入れます。頑丈な扉の金庫室にも入りました。
 
伊能忠敬の旧宅や記念館を見ました。老齢51歳にして江戸に出て、19歳年下の高橋至時の門下となり暦書や天体観測の実験をしたといいます。年下の人について学ぶということは相当に謙虚で勤勉な人格者だったのでしょう。56歳(1800年)で北海道を皮切りに72歳までの16年間、日本全国を歩いて測量するという偉業を成し遂げました。忠敬の死後3年(1821年)に日本で初めての正確な地図「大日本沿海輿地全図」が完成しました。
 
旧宅の前の小野川には「樋橋」(じゃーじゃー橋)がかかり、水がジャージャーと川に落ちていました。300年近く使われ、もともとは対岸の水田に水を送るための大樋だといいます。

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2009年5月18日 (月)

円覚寺のビャクシン(方丈前)

神奈川県鎌倉市山ノ内409 円覚寺境内 市指定天然記念物 撮影2009.4 巨樹MAP
P1010031w400P1010037w200

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円覚寺のビャクシン(仏殿前)

神奈川県鎌倉市山ノ内409 円覚寺境内

市指定天然記念物 撮影2009.4 巨樹MAP
P1010025w400P1010026w200 建長寺から円覚寺に向かいました。円覚寺は北鎌倉駅の目の前にあります。ここには2本のビャクシンの巨樹があります。仏殿に向かって左側に1本、さらに奥の方丈に向かって右側に1本、いずれも市の天然記念物に指定されています。

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2009年5月 4日 (月)

建長寺のビャクシン

神奈川県鎌倉市山ノ内8 建長寺境内  市指定天然記念物 撮影2009.4 巨樹MAP
幹周6.5m 樹高13m 樹齢730年 
P1010016400_2 P1010017200_2  GWの最中、昨年
ネットで購入したまま積読状態の本「逝きし世の面影」を読み始めました。地球温暖化問題の講演で、講師の西村六善氏が「私の話よりもずっと面白い」と紹介されていた本です。
 
建長寺には以前も来たのですが、時間が遅かったので閉門しており入れませんでした。今回は大丈夫です。

 拝観チケットには「天下禅林」(てんかぜんりん)「人材を広く天下に求め育成する禅寺」との意 西の外門(北鎌倉側門)に掲げ我が国最初の禅宗寺院で鎌倉五山第一位の建長寺を象徴する語」とあります。

 このお寺の建築は中国の禅宗様式に基づき、総門・三門・仏殿・法堂・方丈が一直線に連なっています。ビャクシンは三門から仏殿までの参道の両側の庭園に7本並んでいます。中でも一番の巨樹がこの写真です。このビャクシンは中国の禅僧、開山禅師のお手植えの古木で、樹齢750年とも言われています。こうしてじっと見ていると心が落ち着きます。
「神奈川県
かながわの名木100選 昭和5912月選定
建長寺のビャクシン
和名:イブキ(ヒノキ科)
開山蘭渓道隆が中国から持ってきた種子を建長寺創建の際にまいたと言われている。
 樹勢も旺盛で、県下の代表的な名木として知られている。
樹高 13m 胸高周囲 6.5m 樹齢 約730年(推定)
 イブキはビャクシンとも言い、東北南部から九州の海岸に生える常緑高木で、社寺や庭園によく植えられるほか、生け垣などに用いられる。
樹高27m、胸高周囲8m、樹齢約1500年に達するものもあると言われている。」

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2009年4月26日 (日)

八幡宮のビャクシン

神奈川県鎌倉市雪ノ下2-1-31 鶴岡八幡宮境内 市指定天然記念物 撮影2009.4 巨樹MAPP1010002400 P1010003200

P1010006400P1010007200 4月上旬、桜の季節に鎌倉に行くことができました。以前と同じように鎌倉から北鎌倉まで歩きました。まず鶴岡八幡宮へ向かいました。段葛の桜は満開で多くの人が通り抜けます。鎌倉にはビャクシンの巨木が多いのですが、ここ鶴岡八幡宮の若宮の横にも立っています。

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2009年4月20日 (月)

諏訪神社のいちょう

新潟県見附市新町1 撮影2009.3 巨樹MAP
目通り4.8m
P1010040w400P1010038w200 田井諏訪神社から見附市街まで歩いて戻りました。途中に民俗文化資料館がありましたがパスしました。見ておけばよかったと今になって少し後悔しています。市街にさしかかるところに諏訪神社があり、神殿の両側に大木が立っています。この時期のイチョウはすっかり葉を落し、枯れたように見えます。
商店街の入り口では、小学生が「こんにちは」とあいさつをしてくれました。こういうことがあると、とてもうれしい気持ちになります。最近はあいさつができない大人が多いのもですから。アーケード街を往復した後、見附駅まで歩きました。なぜなのでしょうか、見附市街と駅は2kmほど離れています。
「諏訪神社のいちょう
いちょうでは見附市内随一の大木です。
みんなで大切にしましょう。
(幹の周囲4.8m)見附市緑化推進協議会」

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2009年4月13日 (月)

田井諏訪神社の大杉

新潟県見附市田井町入谷2757 諏訪神社境内 市指定天然記念物 撮影2009.3 巨樹MAP
目通り7m 樹高30m 推定樹齢600
P1010020w400_2P1010025w200w180P1010022w180 見附市は新潟県の重心にあたります。六角凧が名産だということも初めてしりました。このあたりは雪も多そうです。道路には消雪パイプが引かれており、パイプから出る水(鉄分を含んだ地下水)のせいで路面は赤茶色に変色しています。新潟の色は錆色です。
 駅前からタクシーで田井諏訪神社まで向かいました。小さな店の前で降りて、近くの人に教えていただきました。神社に向かって右手前に大杉は立っています。主幹は欠落してしまったのか、幹は途中から二本に分かれて伸びています。立派な杉の大木です。神社の軒下に残雪がありました。
「見附市指定文化財
田井諏訪神社の大杉
 樹齢600年といわれているこの大杉は、幹周りが7m以上あり、市内に現存する大杉としては、最大である。
 田井町では、見附の歴史を悠然と見下ろしてきたこの大杉を神木としてあがめ、大切にしている。
見附市教育委員会」

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2009年4月 5日 (日)

桜丸の蚊母樹

長野県飯田市追手町2丁目678県飯田合同庁舎裏 市指定天然記念物 撮影2009.2 巨樹MAP
目通り1.85m 推定樹齢300
P2180040w400P2180045w200「桜丸御殿址のヒガンザクラ」の隣に立つ蚊母樹です。いすのきと読みます。暖地性の常緑樹で、長野県内では唯一飯田市に自生、推定樹齢300年で、飯田城の桜丸御殿の庭に植えられた珍樹とのことです。
いすのき 【柞・〈蚊母樹〉】
マンサク科の常緑高木。暖地に生え、高さ約 20m。葉は長楕円形で互生する。四月、葉腋(ようえき)に小花を総状花序につける。葉にしばしばつく虫 (ちゆうえい)は、タンニンを含むので染料とする。材はかたく、家具・道具とし、灰は釉(うわぐすり)の融剤とする。ユスノキ。ユシノキ。ヒョンノキ。[ 大辞林 提供:三省堂 ]

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2009年3月30日 (月)

桜丸御殿址のヒガンザクラ

長野県飯田市追手町2 長野県飯田合同庁舎 撮影2009.2 巨樹MAP

根元周囲10m 樹高20m 樹齢推定 400
P2180038w400P2180039w200 3月は忙しくて緊張の連続です。でもようやく解放され一息つきました。ほったらかしていた畑を耕しました。遅くなったけれどジャガイモをいっぱい植えました。これから春野菜のスタートです。
今年のサクラ、開花宣言は早かったようですが、その後気温が上がらずいつもより長く花見を楽しめそうです。
「桜丸御殿址のヒガンザクラ
品種 エドヒガン、シダレザクラ
樹齢推定 400年 根元周囲10m 樹高20
一本にも見えるがエドヒガンとシダレザクラが合体しており、あたかも一本の木が花を咲き分けているようである。この地には飯田城本丸御殿の別棟として桜丸御殿が建てられ、庭園には藩主脇坂氏時代(16151672年)多くの桜が植栽され御殿名の呼称となった。この桜はその名残をとどめる名木である。
飯田観光協会」

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2009年3月 9日 (月)

飯田城の紅梅

長野県飯田市扇町 飯田動物園 撮影2009.2 巨樹MAP
目通り1.3m 樹高6.5m 樹齢 260
P2180035w400_2P2180033w200 飯田動物園入口にある紅梅の古木です。暖冬のせいなのでしょうか、このときはまだ2月半ば過ぎというのに紅いつぼみをたくさんつけていました。
 
「飯田城の紅梅
樹高6.50m

目通り 41cm
樹齢 約260
昭和28年飯田動物園開設のおり、江戸町旧飯田藩士邸より移植。飯田城の城主堀氏は、寛文12(1672)初代親昌が下野の国烏山から移り、脇坂氏から替わって以来12代親広まで続いて明治維新を迎えた。
この名木は藩士原某が城主から拝領したものと伝えられる。
飯田市観光協会」

リンゴ並木に飯田を紹介する岸田國士(きしだくにお)の詩碑がありましたので書いておきます。

飯田の町に寄す  岸田國士

飯田 美しき町
山ちかく水にのぞみ
空あかるく風にほやかなる町

飯田 静かなる町
人みな言葉やはらかに
物音ちまたにたたず
粛然として古城の如く丘に立つ町

飯田 ゆかしき町
家々みな奥深きものをつつみ
ひとびと礼にあつく
軒さび甍ふり
壁しろじろと小鳥の影をうつす町

飯田 ゆたかなる町
財に貧富あれども
身に貴賤ありとおぼえず
一什一器かりそめになく
老若男女みなそれぞれの詩と哲學をもつ町

飯田 天龍と赤石の娘
おんみさかしくみめよく育ちたれども
いま新しき時代に生きんとす
よそほひはかたちにあらず

美しく 静かに
ゆかしく 豊かに
おんみの心をこそ新しくよそほひたまへ

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