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2008年2月24日 (日)

河童の碑スダジイ

茨城県牛久市城中町2717 撮影2008.2 巨樹MAP
目通り4m 樹高15m 推定樹齢400年
P2220005w400 P2220006w200 得月院からさらに先へ、路上に立つ河童の案内標識に従うと小川芋銭(おがわうせん)碑(河童の碑)に行き着きます。碑の脇には市民の木に指定された大きなスダジイが立っていました。木立の隙間からは牛久沼が望めます。
「市民の木 NO.41
スダジイ(ブナ科)
樹高・15m 樹幹周り・400cm 樹齢・推定400年
 関東地方以西の暖地に自生する常緑の高木です。樹皮は裂けていて小枝が太いのが特徴で、この附近の雑木林にはたくさん生育しており、シイという名で親しまれています。
 この辺りは、かつて牛久藩の陣屋(1619年~1871年)の一部であり、近代日本画壇の巨匠小川芋銭(1868年~1938年)も、四季を通じて詩情豊かな沼畔に望むこの地をこよなく愛しました。  牛久市」

「小川芋銭碑(河童の碑)
 画聖小川芋銭は、明治元年牛久藩邸(現・東京赤坂溜池)で生まれ、同4年この地に移住、少年期上京し、桜田小で勉学の後、彰技堂において画を学んだ。同26年帰農以後は、郷土の伝説に登場する「河童」をはじめ「水の精」や「山の精」など幻想的な世界を数多く描き、独自の画境を開いた。一方芋銭は画のほかに、書や俳句にも通じ、絵を描く芭蕉とも称されており、昭和13年71歳で他界するまで各地を訪れ、不朽の名作を残している。(菩提寺得月院にねむる)」

この碑を見るまで小川芋銭という人は全く知りませんでした。碑の近くには画室兼居宅、雲魚亭が小川芋銭記念館として公開されています。また作家住井すゑがこの近くに転居し執筆と農作物自給生活の拠点としていました。

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