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2011年1月10日 (月)

阿豆佐和気神社の大クス

静岡県熱海市西山町43-1 来宮神社境内 国指定天然記念物 撮影2010.9 巨樹MAP
目通り23.9m 樹高20m 樹齢2000
P90400981 熱海来宮神社の大楠です。JR伊東線来の宮駅下車3分、ガードをくぐって北側に出るとすぐにあります。入口では第二大楠と呼ばれる楠が出迎えてくれます。
「伊豆國 熱海 来宮神社 御神木
大楠
文部省指定 昭和8228
樹齢2千年 周囲23.9米 高さ約20
平成4年 環境省調査 本州1位の巨樹
来宮神社と大楠
 古代の日本民族は、大きな木、岩、滝など巨大な自然創造物に神々が宿っていると信じ、其の自然創造物の前で祭祀を行い、感謝し祈りを捧げる神籬磐境信仰を持っておりました。時が流れ建物の文化が進み、それらを中心に社殿、鳥居が建立され神社が形成されたといえます。熱海鎮座の来宮神社は江戸末期まで『木宮明神』と称し、現在の『来宮』ではなく、『木宮』の字で古文書等記されております。『木』に宿る神々をお祀りする神社として崇敬を集め、古来生活文化に欠くことのできない木に感謝する信仰を有して来ました。
過去には落雷を受け、特に『第2大楠』は木の中身は殆ど空洞といえます。しかし一年を通じ、恒に青々とした楠の菓を繁らせ、現在でも成長し続けていることから、超越した生命力を有する木と信じられ、木の生命力に肖りたいと云う人々の願いから、健康長寿・心願成就の御神木と伝えられるようになりました。
大楠伝説
 太古には、我が国では現代のような家屋はなく、文字もなく言葉ばかりの時代が長く続いておりました。
その頃この社の森には7本の樟、椎の木、細枝の大木、羊朶類等が自生しており、昼なお暗く大地を覆っておりました。
ところが今から120年前の嘉永年間に熱海村に大網事件という全村挙げての漁業権をめぐる事件が勃発し、その訴訟費等捻出のため5本の樽は伐られてしまいました。現在残されているこの大樟をも伐ろうとして樵夫が大鋸を幹に当てようとしたところ忽然として白髪の老人が現れ、両手を広げてこれを遮る様な姿になると大鋸は手元から真っ二つに折れ、同時に白髪の老人の姿は消えてしまったそうです。これは神のお告げであるとして村人等は大楠を伐ることを中止致しました。
この木が即ち現在ある御神木であります。この大楠に対して古代の人々は「神の魂にお降り願う木」つまり神の依代として、この御神木の中に宿る神の魂と人々は対面し、尊び聖なる木として崇めてまいりました。斯くて2千年の長い間、落雷、暴風雨など、世の天変地異にも耐え、現在に至っております。
この大樟を人に例えれば、世の中のあらゆる物を知り尽くしている太古老とでも申しましょうか。然るに2千年を経ても尚樹生は少しも衰えず、根は深く大地に食い込み、巨岩を抱きかかえ、幹のこぶは石の様相を呈し、内に益るる生気は益々旺にして枝は毎日西に東に伸びゆき、未来永却に生き抜こうとする生命力の強靭さには恐ろしささえ感じ取れます。 大樟は「不老長寿」「無病息災」の象徴とされ、二千年の長寿に肖ろうとする願いからか、大樟を一周すると「寿命が一年延びる」と信じられ、願い事がある方は、願い事を心に秘め幹を一周すると願いが叶うと言い伝えられ、多くの僑仰を集めています。
楠の木は、常緑樹であるが故、新葉が成長し、古葉が落ちてゆきます。言い換えれば、親の葉は、子の葉の成長を見届けて落ちてゆくのです。つまり子孫の繁栄、国家の弥栄を象徴しているともいえます。今の世に大樟のように長寿で然も厳然として物にも動せず、ひたすらに正しく生きる道に徹することが出来たならば、なんと幸せな事でありましょう。これに肖り、今現在でも国内外の方々をはじめ、訪れ願う参拝者はあとを絶ちません。
 最後に大樟を称えた、故佐々木信綱先生の詩歌を紹介いたします。
    来宮は樹齢二千年の大樟のもと 御國の栄え祈りまつらむ」
―― 来宮神社チラシより ――

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