いちょう

2014年1月19日 (日)

櫛田の銀杏

福岡県福岡市博多区上川端町1-41 櫛田神社 境内 県指定天然記念物 撮影2013.12 巨樹MAP

目通5.98m 樹高20,8m 樹齢1000

Img_2129w400Img_2126w180Img_2137w180 博多駅から徒歩で櫛田神社に向かいました。10分ほどで到着します。博多山笠が奉納される神社で、櫛田神社の飾り山笠が常設展示されています。銀杏の根元に置かれているのは「元寇」蒙古軍の船の碇だといいます。
 

「銀杏は中国語読みの影響があってギンナンと発音される。福岡ではギナンといわれたりもする。標準的な和名はイチョウである。葉の形が家鴨の水かきに似るところから、中国で鴨脚といわれ、その発音がヤーチャオであるところからイチョウの名がおこっている。イチョウは中国原産であるが、その渡来は非常に古く平安時代には知られていたようである。樹勢が強く、剛壮な樹形になって、葉が独特な扇形をするので当時から珍しいこともあって神格木として扱われ、神社、仏閣に多く植栽されてきた。従って各地に老大木が多い。
 櫛田神社境内のイチョウは、大正7年の本樹保存記念碑に樹齢1000年以上と記載されているが、正確なところは不明である。現在の直径が190cmほどであるから、1年間の直径生長が平均して2mmとすると950年となるが、普通はこれより生長はいいので1000年以下であろう。しかし600年は超しており、樹齢の古さからいっても、また樹木規模の大きさからいっても極めて群を抜く、風格のある名木である。
 根張りはなく、太幹が5mほど立ち、ここから幹は数本に分岐して樹冠を広げている。平成元年1月の調査で樹高208m、胸高周囲598cm、根元周囲652cm、樹冠の幅は、東側10m、西側7m、北側6m、南側9mの規模である。樹齢が古いため、幹下部にはかなり腐朽が入り、空桐化している。また太枝は多く先端で伐られて短くなっている。
 孤立する大木は極めて風害を受けやすいが、このイチョウもこれまでにかなり台風の害を受けて太枝が折損しており、また落枝を恐れて事前に枝を詰めることもしばしばであるから、本来の姿からはかなり変貌している。最近では昭和628月の台風12号で、北東側の太枝3本が折損し、樹形がかなり不整となった。
 樹皮は厚く太枝の分岐部では樹皮にマサキ、ネズミモチ、キズタなどの低木と蔓が鳥の運搬によって種子が落ち、着生生長している。これも老木の風格を強めている。イチョウは適潤肥沃な土地を好み、萌芽性が強く先端の折損がおこっても下方から萌芽によって次第に置かわっていくが、この櫛田のイチョウも冲積の土譲に生え、樹勢はそれほど衰えているとは見えない。参拝客や駐車によっての踏圧が著しいことが重大な影響を与えているが、なお、今後も枝葉を繁茂させていくことと思われる。
 櫛田の銀杏は櫛田神社の神木として古くから広く崇敬されており、博多祝い歌にも「さても見事な櫛田の銀杏、枝も栄ゆりゃ葉も繁る」と謡い囃されている。今後も保存には十分留意していく必要がある。

 イチョウは化石時代に栄えた原始的な樹種で、111種の裸子植物であり、雌雄異株であるが、このイチョウは雌性で、付近の雄木から花粉を受けて秋に沢山の果実を産する。」
 -福岡市HPより-

 

 

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2013年11月18日 (月)

大川戸の大イチョウ

埼玉県北葛飾郡松伏町大字大川戸2412 八幡神社境内 県指定天然記念物 撮影2013.5 巨樹MAP
目通り9m 樹高28m 推定樹齢650
084 100  東武伊勢崎線せんげん台駅東口から、まつぶし緑の丘公園か松伏町役場行きバスに乗り、小杉産業前で下車してすぐ、八幡神社境内のイチョウの巨樹です。
「大川戸の大イチョウ
県指定記念物(天然記念物)
昭和7331
八幡神社(大字大川戸)の大イチョウは、推定樹齢650年と言われ、樹高約29m、幹まわり約9mを測ります。八幡神社の社叢(町指定天然記念物)の中にあって、ひときわ目をひく巨木です。樹皮を煎せんじて飲むと母乳の出が良くなるとの言い伝えがあります。
※折れた枝が落下することがあるため、強風時やその直後の見学は、十分にご注意ください。 松伏町 HPより」

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2012年8月 3日 (金)

神代銀杏

東京都青梅市御岳 撮影2012.6 巨樹MAP
目通り5.3m 樹高4.5m 樹齢推定500

P6240002  JR青梅線の御嶽駅からスタートし、頂上の御嶽神社まで登りました。帰りは大塚山を経て古里駅が終点です。
 今回はバスやケーブルカーは使わず、駅からひたすら歩きます。まず多摩川の河原に出て上流の神路橋を渡り登山口を目指します。川では人々が釣やカヌーに精を出していました。

 この樹はケーブルカー湯元駅の近くで参道鳥居の手前右にある銀杏の巨樹です。
「御岳山名木巡り 2
神代銀杏
樹齢 推定500年(室町時代)
樹高 45m
目通り 5.3m

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2011年9月17日 (土)

神野寺のイチョウ

千葉県君津市鹿野山324-1 神野寺境内 撮影2011.5 巨樹MAP
P6050007w400 9月も半ばを過ぎました。暑さがぶり返したようで、毎日暑い日が続いています。神野寺で一番最初に目に入るのがこのイチョウです。大きくて立派なイチョウです。

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2011年4月24日 (日)

飯香岡八幡宮の夫婦銀杏

千葉県市原市八幡1057-1 県指定天然記念物 撮影2010.10 巨樹MAP

Pa190005Pa190014 千年に一度の大災害を前に、全国、全世界から被災者への支援の手が差し伸べられています。一方政治は「管降ろし」「管抜き」と足の引っぱりあい、なんとも情けない限りです。政治家はしっかり責任を果たしてほしいです。
JR内房線で千葉駅から三駅目、八幡宿駅下車、海側徒歩3分のところに飯香岡八幡宮はあります。江戸時代末期まではこのあたりまで海岸線がきていたといいます。

イチョウは本殿に向かって右奥に立っています。ここは一年前に来たのですが写真がピンボケでアップできずにいました。今回またチャンスが巡ってきました。

「千葉県指定天然記念物

飯香岡八幡宮の夫婦銀杏

昭和10712日指定

イチョウは中国の原産で、古く日本に渡来し、神社・仏閣・街路樹・庭園等に植えられている落葉性の高木で、高さ30mにもなる。雌雄異株で花は四月に新葉が出ると共に開花する。

 種子の成熟は10月頃でギンナンと呼ばれ食用にすることができる。材は緻密で光沢があり、碁盤・将棋盤・木魚等に用いられる。

 本樹は八幡宮勧請の際、勅使桜町中納言季満御手植の記念樹と伝えられている。

 飯香岡八幡宮は子育八幡と呼ばれるように安産子育の神として崇敬され、このイチョウモ2本の巨幹が根本より分岐するところから夫婦銀杏と名付けられ、安産子育のシンボル(象徴)として信仰がある。

 樹高各々17m16m目通幹囲約11mである。

昭和5631

千葉県教育委員会

市原市教育委員会」

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2010年12月 5日 (日)

精子発見のイチョウ

東京都文京区白山3-7-1 小石川植物園 撮影2010.8 巨樹MAP
目通り4.9m 樹高22m 樹齢約300
P81400551_2
昨日、地デジ対応の薄型テレビがやって来ました。先月末に慌てて購入しました。USBハードディスクを接続するタイプで、リモコン操作で番組表から簡単に録画、保存ができます。これは便利で重宝しそうです。古いテレビは一掃し、部屋もすっきり広くなりました。それにしてもブラウン管テレビの重かったこと。
 植物にも精子があるのですね。植物園の正門を入ってすぐ左側には精子発見のソテツもありました。
「精子発見のイチョウ
1896(明治29)年平瀬作五郎はこの雌の木から採取した若い種子において精子を発見した。それまで種子植物はすべて花粉管が伸長し造卵器に達して受精するものと思われていたので、この発見は世界の学界に大きな反響を起した。
 平瀬は当時帝国大学植物学教室の助手で、講義や研究のために図を描くかたわら「イチョウの受胎期および胚の発生に関する研究」を行っていた。
 このイチョウ精子発見は池野成一郎のソテツ精子発見とともに日本の近代植物学の発展期における最大の貢献といわれている。」

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2010年11月 8日 (月)

善仁寺のイチョウ

東京都文京区小石川4-13-19 撮影2010,8 巨樹MAP
P81400391w400 P81400421  小石川後楽園から小石川植物園に向かいました。途中善仁寺というお寺の参道に大きな楠が目につき入ってみました。見入っているとお寺の方からイチョウの木もあるよと声がかかり案内してもらいました。住職のお話では樹齢500年とのことです。幹の裏側は樹皮が大きくはがれて焦げた跡が残っています。

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2010年10月21日 (木)

小石川後楽園イチョウ 2本

東京都文京区後楽1-1-6小石川後楽園 撮影2010.8 巨樹MAP1巨樹MAP2
P81400233P81400253_2  このイチョウも園内でみかけた巨樹です。休憩所に行く手前の庭園路の脇にあって、まっすぐ天に聳えていまます。

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2010年9月27日 (月)

本願寺のイチョウ

京都府京都市下京区堀川通花屋町下ル 西本願寺境内 市指定天然記念物 撮影2010.5 巨樹MAP
目通り6.5m 樹高7.0m 樹齢約400

P5290027_2P5290029  5月末にクラス会があり京都へ行きました。30年ぶりに会う級友、皆昔の面影が残っています。

 京都駅から北東方向に徒歩15西本願寺御影堂(ごえいどう)前にあるイチョウです。太くごつごつとした幹からは古木の迫力が存分に伝わってきました。
「本願寺のイチョウ
 このイチョウは、低い位置から各方向に水平枝を出すという特異な形状を持つが、これは植栽時から剪定等の行き届いた管理がなされていたためと考えられる。樹齢は明らかでないが、御影堂寛永13年(1636)の建立であることから、その頃のものであろう。
 一般に、イチョウは耐火力の強い樹種であるが、このイチョウも天明8(1788)や元治元年(1864)年の大火の際に火の粉を浴びながら生き抜いてきた木である。
 昭和6061日、京都市指定天然記念物に指定された。
京都市」

まるで根っこを天に広げたような形から「逆さ銀杏」とも呼ばれる樹齢約400年の大銀杏は、京都市の天然記念物に指定されています。
本願寺に火災があった時、この銀杏から水が噴き出して消し止めたという伝説から、「水吹き銀杏」とも呼ばれています。  -西本願寺HP-」

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2010年9月 5日 (日)

鎌数伊勢大神宮のイチョウ

千葉県旭市鎌数43141 鎌数伊勢大神宮境内 撮影2010.6 巨樹MAP
目通り3.8m 樹高24m

P5270043w400 鎌数伊勢大神宮(かまかずいせだいじんぐう)初めて聞く名前の神社です。昔ここに湖があったとはとても信じられません。椿の湖の干拓は下流の農民や漁民の反対があり工事は難航したようです。
「鎌数伊勢大神宮の由来
当地は寛文11年(1671年)迄は椿の湖という周囲約42km、東西12km、南北6kmの湖でした。
江戸の人、白井治郎衛門、伊勢桑名の人、辻内刑部右衛門という二人がこの湖の干拓工事を始めた。
農民、漁民からの強い反対があり工事を中止することにした。この上は神様の御助けに依らねばと考え両氏は伊勢内宮梅谷左近大夫長重神主に工事遂行の大祈願をお願いした。両氏は御神木と御神礼を持ち帰りこの湖水に浮かべたら、流れ流れて今の大神宮近き東方の岸に着いた。これは神様のお示しだと考え工事を始めたら、不思議なことに農民漁民から反対もなく工事が進んだ。
 寛文111228日に〆切の式を行って九十九里浜に水を流した。寛文125月に待望の大干潟が生れ十八の村が出来た。これを干潟八万石という。寛文125月に大業完成感謝記念として梅谷左近大夫長重(現宮司十二代前)神主により現地に伊勢皇大神宮より御分霊をおうつしして干潟の総鎮守産土神としておまつりした神宮である。」

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