もみ

2013年10月28日 (月)

猪狩の大樅 (伐採)

埼玉県飯能市大字飯能258-1 飯能市郷土館 2013.4撮影 巨樹MAP
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飯能市郷土館を見学しました。「入間川の筏流し」が展示されていました。山から切り出した木材を筏に組んで江戸まで運びました。名栗地区を出発して5日目には千住に着いたそうです。埼玉県西部地域の林業は「西川林業」と言われています。江戸から見ると、「西の川筋から流されてくる木材」なので「西川材」と呼ばれるようになったそうです。
 
郷土館を入ったところに、このような輪切りの大木がパネル付きで展示されていました。既に伐採された樅の大木です。
 
「猪狩の大樅 (伐採)
所在 吾野明神社
 この輪切りの大木は、埼玉県指定天然記念物の「猪狩の大樅」です。平成31月、朽損部の手入れをして切り取った一部です。
 日本武尊がこの地で猪を退治したときに植えたという伝説のある、樹齢500年と推定される樅です。日本武尊は古代の伝説上の英雄で、時代も異なっていますが、この木と結びつけた面白い話です。
 この場所で、秩父の旅人の往来を長い閒見つめてきました。
 この写真は手入れ後の写真です。展示したものは鉄板でおおった上の部分で、地上から10mほのところです。中は腐って空洞になっていました。
 平成10年に指定解除となった後、残された枝も折損落下する可能性がでてきたため、惜しまれつつも伐採されました。」

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2013年6月 8日 (土)

雲取山のモミ

山梨県北都留郡丹波山村 堂所付近 撮影2012.11 巨樹MAP
Pb0901451w400Pb0800111w180Pb0800121w180  昨年晩秋、雲取山に行きました。小袖という集落から登りましたが、そこは東京都ではなく山梨県丹波山村になります。そばを流れる小袖川が東京都と山梨県の境になっており、七ッ石山までの登山道も丹波山村に属します。
 このモミは七ッ石山の手前、標高1,350m付近の登山道にありました。太くまっすぐに伸びる幹、登山道で見かけた一番の巨樹です。

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2012年8月27日 (月)

大山の原生林(モミ3)

神奈川県伊勢原市大山 大山阿夫利神社 撮影2012.7 巨樹MAP
P71400223400  登山路で見かけたモミの大木3本です。
「神奈川県指定天然記念物
大山の原生林
昭和411025日指定
 大山の南東斜面一帯には、針葉樹のモミを中心として下部(雷山・標高340m付近)は、アラカシ、ウロジロガシ、アカガシなど常緑のカシ林の構成を含み、上部(天下一・標高800付近)は、ツガやブナ林の構成を含む連続した原生林が見られる。
 自然のモミ林は、よほど地形のきびしい尾根や急斜面をのぞけば完全な純林を形成しないので常緑広葉樹林のカシ林から夏緑広葉樹林のブナ林への移行帯付近に不連続的に分布し、森林を形成する。
 ここでは、その典型的なモミの原生林として対比することができ、県下では大山付近に限られて自生しており、学術上からも、大山の景観上からも価値が高い。植物や植物の群落は、自然性のものであればあるほどわずかな人間の手が加わっても影響を受けやすいので、この地域においては厳正な保護が必要である。
 この天然記念物は、神奈川県文化財保護条例により指定したものであります。みだりに現状を変更して減失、損壊、滅亡、その他保存に影響を及ぼす行為は禁止されております。
昭和62325
神奈川県教育委員会」

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大山の原生林(モミ2)

神奈川県伊勢原市大山 大山阿夫利神社 撮影2012.7 巨樹MAP
P71400212400  登山路で見かけたモミの大木3本です。
「神奈川県指定天然記念物
大山の原生林
昭和411025日指定
 大山の南東斜面一帯には、針葉樹のモミを中心として下部(雷山・標高340m付近)は、アラカシ、ウロジロガシ、アカガシなど常緑のカシ林の構成を含み、上部(天下一・標高800付近)は、ツガやブナ林の構成を含む連続した原生林が見られる。
 自然のモミ林は、よほど地形のきびしい尾根や急斜面をのぞけば完全な純林を形成しないので常緑広葉樹林のカシ林から夏緑広葉樹林のブナ林への移行帯付近に不連続的に分布し、森林を形成する。
 ここでは、その典型的なモミの原生林として対比することができ、県下では大山付近に限られて自生しており、学術上からも、大山の景観上からも価値が高い。植物や植物の群落は、自然性のものであればあるほどわずかな人間の手が加わっても影響を受けやすいので、この地域においては厳正な保護が必要である。
 この天然記念物は、神奈川県文化財保護条例により指定したものであります。みだりに現状を変更して減失、損壊、滅亡、その他保存に影響を及ぼす行為は禁止されております。
昭和62325
神奈川県教育委員会」

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大山の原生林(モミ1)

神奈川県伊勢原市大山 大山阿夫利神社 撮影2012.7 巨樹MAP
P71400121400  登山路で見かけたモミの大木3本です。
「神奈川県指定天然記念物
大山の原生林
昭和411025日指定
大山の南東斜面一帯には、針葉樹のモミを中心として下部(雷山・標高340m付近)は、アラカシ、ウロジロガシ、アカガシなど常緑のカシ林の構成を含み、上部(天下一・標高800付近)は、ツガやブナ林の構成を含む連続した原生林が見られる。
 自然のモミ林は、よほど地形のきびしい尾根や急斜面をのぞけば完全な純林を形成しないので常緑広葉樹林のカシ林から夏緑広葉樹林のブナ林への移行帯付近に不連続的に分布し、森林を形成する。
 ここでは、その典型的なモミの原生林として対比することができ、県下では大山付近に限られて自生しており、学術上からも、大山の景観上からも価値が高い。植物や植物の群落は、自然性のものであればあるほどわずかな人間の手が加わっても影響を受けやすいので、この地域においては厳正な保護が必要である。
 この天然記念物は、神奈川県文化財保護条例により指定したものであります。みだりに現状を変更して減失、損壊、滅亡、その他保存に影響を及ぼす行為は禁止されております。
昭和62325
神奈川県教育委員会」

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2008年12月21日 (日)

ジャンボクリスマスツリー

東京都中央区銀座2丁目 撮影2008.12  巨樹MAP

Pc140019w400 Pc140016w200 もうすぐクリスマス。銀座4丁目の歩行者天国で、巨大なクリスマスツリーを見かけました。ミキモト店頭に根付きで生きたまま展示されています。毎年この時期に展示されており、今年で31回目になるといいます。ミキモトとは真珠の御木本、小学校の修学旅行を思い出します。お伊勢さんに行き、鳥羽では海女さんの潜水作業を見学しました。御木本幸吉の大きな銅像も印象に残っています。先日習った中国語、クリスマスは「圣诞节sheng dan jie」、「圣诞树 sheng dan shu」はクリスマスツリー。
「ミキモトジャンボクリスマスツリープレゼント
このモミの木は、群馬県嬬恋村から根がついたまま運ばれてきました。
高さ約10m、樹齢は4050年と推定されます。
展示終了後、東京近郊の公共施設に寄贈いたします。
ご希望の方は下記の要領でお申し込みください。」

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2006年9月 2日 (土)

秋葉公園の樅の木

新潟県新潟市新津秋葉3丁目
Dvc00004w400w180 Dvc0000611w400w180 新津駅から徒歩約30分のところに秋葉公園があります。丘陵地に広がる自然公園で標高は低く100mもありません。公園入り口から見上げたときに、枝を四方に広げ円錐形の樹冠を天空につき立てているのがこの樅の木です。
 旧新津市は新潟市に編入され消滅しましたが、かつて日本国内有数の石油の産地だったそうです。炭鉱の話はよく聞きますが、日本で石油を汲み上げていたことは知りませんでした。この公園は石油の里公園にも通じていて、そこには石油井戸や資料館もあるようです。今回は日の暮れも近く断念しましたが、今度ぜひ足をのばそうと思います。

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2005年5月28日 (土)

御柱(おんばしら)

長野県諏訪市 前宮一之御柱 撮影2002.9.4 巨樹MAP
P1010046-v300  御柱は直径1メートル、長さ16メートルほどの樅の木です。御柱祭が7年に1度あり、毎回ニュースで放映されています。長野オリンピックのフィナーレでは、御柱を建るところが全世界に披露されました。この祭りは、昔この地域の人たちが山から木を切り出し、神社の造営をしたことの名残だと思いす。今のように機械化されていないので、人力が頼りの大変な作業だったのでしょう。

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2005年5月22日 (日)

姫路城の旧西大柱

兵庫県姫路市 2003.11.25撮影 巨樹MAP
PB250047-v300
 姫路城は通称白鷺城といい世界文化遺産に登録されています。時間が無くて中まで入れせんでしたが、外にこんな展示がありました。昭和の大修理で取り替えられた西大柱の現物です。この柱が大天守を支えていたとは木材の強度と木造建築の耐久性に驚かされます。
 「ここに展示しているのは旧西大柱で、この柱は、かつて大天守の地階床から六階床までの各階を、もう一本の東大柱とともに些かの躊躇いもなく力強くつらぬき通し、木造の大きく複雑な重層構造を二本の大柱が構造主体となり、一本が百トンもの重量を支えて三百五十年もの長きにわたり大天守を守り続けてきた。
然しその間、両大柱とも明暦二(1656)年(城主榊原忠次)に、柱や土台などの腐朽で床面に高低が生じ、このため大柱の根本を高さ2.4m、柱四面の間仕切り部分を刳り貫き、ここに幅36cm奥行きもほぼ同じ大きさの栂の角材を挿入し、帯鉄巻き鋲釘止めで固定するという補強工事が行なわれた。その後、貞享四(1684)年には、先の明暦二年に行なわれた修理材の上に補強材を加える工事が行なわれた。
 このように築上後三百五十年を大天守と共に歩んできた西大柱が、昭和大修理(昭和31年~昭和39年)で、柱真の腐れのあることが分かり、取換えを余儀なくされ、新しい柱に後事を託して、今ここに創建材の資料として展示している。
西大柱のこと
 旧西大柱の下方樅材、上方が栂材で三階床上(下方から14.5m位置)で二本継ぎになっていたが、全長24.7mにわたり中心部が蒸腐りを起し再用不能で今回の修理では、桧材で取替えることになり、旧東大柱と同様、一本材の柱にすることになった。
 ところが原木を山から搬出途中に折損事故が起こり、修理では元通り三階床上での二本継ぎの柱になった。新しく取替えられた桧材は、下方が岐阜県恵那郡付知町の国有林から、また上方は兵庫県神崎郡市川町笠形神社から伐出されたものである。
 ここに展示したのは二本継ぎで使用されていた旧西大林で、明暦二年と貞享四年の修理の痕をはっきりみることができる。
東大柱のこと
 もと、東大柱は樅材で、継手なしの通し柱であったが、今回の修理では根本5.4mを台湾桧で根継ぎして再用された。根継ぎのために切断された旧東大柱の根元部(長さ5.4m、太さ横幅95.4cm奥行幅75cm)には、明暦と貞享年間に行なわれた修理の痕跡が旧西大柱同様に歴然と残されている。(旧東大柱根元の切断された材は、旧状の儘で現在、兵庫県歴史博物館で展示されている)
旧西大柱の寸法
総長24.7m   上柱の長さ12.4m
下柱の長さ14.5m  (継手長さ 2.2m)
根元の太さ横幅95.4cm 奥行幅 75cm
末径54cm角   総重量約 6屯」

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