くろまつ

2015年5月14日 (木)

御神木筥松

御神木筥松
福岡県福岡市東区箱崎1-22-1 筥崎宮境内 撮影2013.12 巨樹MAP
Img_2272w400 筥崎宮で目を見張るのが本殿前にある大きな楼門です。扁額には「敵国降伏」と書かれています。大クスの傍にも蒙古軍船碇石が置かれていましたが、蒙古襲来にそなえ敵の降伏を祈願したものと思われます。楼門の手前右側に御神木筥松があります。松は2本立っていてどちらもまだ若木にみえます。
 「御神木筥松
筥崎宮の御祭神、応神天皇が筑紫国宇美の里(粕屋郡宇美町)にてお生まれになった時(西暦200年)その御胞衣を筥に納めて浪の音も静かな白砂青松の浄地に埋め標の松を植えたと伝えられている。
それがこのところであってその後この地を箱崎と称えこの松を「標の松」又は「筥松」といい御神木として尊んでいる。千早振る 神代に植えし箱崎の 松は久しき 標しなりけり (続古今集)法印行清」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年1月 1日 (水)

新・羽衣の松

静岡県静岡市清水区三保 三保の松原 撮影2013.11 巨樹MAP
目通り2.5m 樹高15m 樹齢200年

Photo

Img_1988Img_2056w180Img_2374_3 明けましておめでとうございます。
11月に三保松原に行きました。「日本三大松原」の一つで7kmの海岸に約5万本の松林が連なります。この一角に天女が舞い降りて羽衣を掛けたという羽衣の松があります。先代は幹だけを残し切り落とされ、30m近傍の「新・羽衣の松」に代替わりしました。
8月に初めて富士山に登りました。登山口で美化協力にとビニール袋を渡されましたが、なんとおどろいたことにゴミ一つ落ちていませんでした。素晴らしいことです。この状態がずっとつづきますように。富士山は三保松原を含めて世界文化遺産に登録されました。青い海と松原越しに浮かぶ富士はまた格別でした。

「三保の松原のシンボルとして長い閒愛されてきた先代「羽衣の松」に代わりその後を継いだ「新・羽衣の松」平成二十二年十月に数世紀ぶりの世代交代が行われました。
静岡県」

「羽衣伝説
昔々、三保に伯良という漁師がおりました。ある日のこと、伯良が松の枝にかかっている美しい衣を見つけて持ち帰ろうとすると、天女が現れて言いました。「それは天人の羽衣です。どうかお返しください。」
ところが伯良は「天人の羽衣なら、お返しはできません。」と言いました。
すると天女は「その羽衣がないと天に帰ることができません。」と言って懇願しました。

伯良は天上の舞を舞うことを約束に羽衣を返しました。天女は喜んで三保の春景色の中、羽衣をまとって舞いながら、富士の山に沿って天に昇っていきました。」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月 2日 (月)

瑞龍松

東京都葛飾区柴又7-10-3 帝釈天題経寺境内 撮影20121 巨樹MAP
Nec_0001w400 柴又帝釈天に初詣に行きました。
家族の健康と震災の復興をお祈りしました。
今年は辰年、本堂正面左に地を這い天に昇らんと瑞龍松が舞います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年10月31日 (日)

小石川後楽園「一つ松」

東京都文京区後楽1-1-6小石川後楽園 撮影2010.8 巨樹MAP
P81400331 形よく手入れされた松がありました。琵琶湖唐崎の一つ松にならったといいます。唐崎の場所を地図で調べてみました。大津の北約7kmに唐崎神社があり、境内は琵琶湖に突き出し見晴らしが良さそうです。

「近江の琵琶湖を模した大泉水に対し、琵琶湖の唐崎の一つ松にちなんでいる。」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年3月29日 (月)

皇居外苑の松林

皇居外苑の松林
東京都千代田区 皇居外苑 撮影20102 巨樹MAPCam_0002w400 Cam_0006w400 内堀通りを通るたびに、両側に広がる黒松林の美しさに心癒されています。よく手入れされた松林で大変気に入っています。地方から来た人が「東京は思った以上に緑が多かった」とよく耳にします。うれしいことです。都心には皇居の森をはじめ大きな公園や緑地が整備されています。でも、もっともっと緑を増やす努力を続けてほしいと願っています。
 「皇居前広場には、約2000本のクロマツが東京湾に浮かぶ小島に見立てた島々に植えられています。皇居の深い森と対照的に、開放的でしかも荘厳な雰囲気の国民公園・皇居外苑の景観となっています。明治21年の「皇居御造営」完成後のクロマツなどの植栽整備事業が行われ、その後の整備を経て今日のような美しいクロマツ群ができ上がりました。
【クロマツ林のルーツ】
 皇居正門と坂下門との間には植樹帯があり「御親臨台」と呼ばれています。御親臨台は、東京市が昭和15年(1940)紀元2600年の記念事業として行った「宮城外苑整備事業」の際に、天皇陛下の御臨幸を仰ぎ式典を上げるための場所として設けられたものです。その前方広場には約10万人規模の人々が整列できるように、全面を平坦化して砂利広場とし、芝生広場にはクロマツが植えられました。
 御親臨台の芝生のなかには、手入れの行き届いたクロマツが整然と立ち並び、その奥には手入れのされない自然樹形の背の高いクロマツ林があって、後方の皇居の森に繋がって見えます。紀元2600年記念宮城外苑整備事業により、日本古来からの伝統的な庭園樹であるクロマツを中心にして景観を整え、芝張り整備を行って、今日見られるような格調高く美しい皇居前広場が完成しました。」

-(財)国民公園協会皇居外苑のHPより-

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月24日 (木)

水神の森

千葉県成田市北須賀1626 甚兵衛公園内 市指定天然記念物 撮影2009.9 巨樹MAP
P9050004w400_2 P9050013w200_2 目通り2m3mの大きな松が145本、全体で40数本の立派な松林が残されています。日本の名松百選の記念碑が立っています。ここは印旛沼のほとり、通称「甚兵衛公園」、「甚兵衛の森」等の名で親しまれています。名前の由来を書いた案内板がありました。
「県立印旛沼自然公園
甚兵衛渡し
義民佐倉惣五郎の物語に出てくる「甚兵衛渡し」の旧跡ですが、大橋の完成(昭和43年)によって、風情豊かな渡し船の姿は消え、今はただその名残りをとどめるだけとなりました。
 甚兵衛渡しの由来は、江戸時代のはじめにさかのぼります。
台方村の名主であった惣五郎は、打ち続く凶作と重税に苦しむ農民たちを救おうと、佐倉藩内の名主とともに江戸屋敷へ強訴したり、老中に駕篭訴をするなど八方手をつくして税の軽減を願いましたが聞き入れられず将軍へ直訴を決意しました。
 雪の降りしきる夜、江戸出府のためひそかにこの渡し場へ来た惣五郎を、任侠の渡し守甚兵衛(対岸吉高の人)は、禁制を犯して鎖を切り、舟を出して惣五郎を送ったあと、老いて捕らわれの身となって生きながらえるよりはと、凍える印旛沼に身を投じたという悲しい物語があります。以後、この渡しを「甚兵衛渡し」とよぶようになったといわれています。
 江戸へ出た惣五郎は、承応元年(1652)上野の東叡山寛永寺に参拝の四代将軍徳川家綱に直訴状を差し出しました。さいわい願いは聞き届けられたものの、当時直訴は大罪であり、惣五郎と四人の子は処刑されて現在宗吾霊堂(鳴鐘山東勝寺)に合葬されています。」

「水神の森
成田市指定天然記念物
昭和58113日指定
 古くから水神の森(「甚兵衛の森」の名でも親しまれている)として保護されてきた松の大木十数本が主体の森です。
 かつては、ここから対岸の印旛沼吉高を結ぶ渡し舟が通っていましたが、甚兵衛大橋の完成により姿を消してしまいました。
 印旛沼の干拓によって水辺が遠くなり渡し場の風情もなくなりましたが、いまも見事な枝ぶりを見せるこの松の大木に昔をしのぶことができます。
 水神の森を含むこの一帯は、県立印旛手賀沼自然公園になっています。
-水神の森をとおして自然の保護につとめましょう-
平成33
成田市教育委員会」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月16日 (日)

塩沢寺の舞鶴のマツ

山梨県甲府市湯村3-17-2 塩沢寺 県指定天然記念物 撮影2007.11 巨樹MAP
Pb210044w400 Pb210049w200 スポーツ公園から湯村山のすそを歩き塩沢寺(えんたくじ)に向かいました。808年弘法大師が開山し、933年空也上人によって開かれたといいます。湯村温泉街の北のはずれに位置します。湯村の地名の由来は路上の案内板によると「旧湯村は、古くは志麻荘という荘園内にあり、そこから湧き出した温泉だったため湯志麻と云った。やがて湯島となり、さらに湯村と称するようになった。」とあります。
 このマツ、地を這うように枝を伸ばし、とてもカメラに納まりません。というより現地に立った私もマツの全様がつかめていないのです。
「山梨県指定文化財 天然記念物
塩沢寺の舞鶴のマツ
所在地 甲府市湯村3-17-2
所有者 塩沢寺
指定年月日 昭和40年5月13日
 樹種はクロマツ、樹高はあまり高くないが、枝を東西に長く張り、東方の枝の長さは、14m、西方の枝の長さは15mあり、鶴が両翼を開いて舞い上がる姿に似ているところから、舞鶴のマツと呼ばれている。枝を東西に長く伸ばした樹形は、県下まれに見る名木である。
昭和60年10月
山梨県教育委員会
甲府市教育委員会」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月27日 (土)

村雨のマツ(むらさめのまつ)

新潟県佐渡市両津夷1 佐渡海上保安署敷地内 県指定天然記念物 撮影2007.10 巨樹MAP
目通り6.3m 樹高16m 推定樹齢300年
Pa260001w400 Pa260003w200 新潟港から佐渡汽船に乗って両津港入ります。この黒松は港のすぐそばにあります。両津港ターミナルの窓からも見ることができます。昔は周りに何もなかったので、沖を航行する船の目標となっていたといいます。港の風景は変わりましたが、今も昔も変わらないこの松は両津港の象徴です。
 松というと松枯れ病が心配です。この夏帰省した丹波の山々の松は軒並み枯れてしまっています。松茸が不作なのは猛暑のせいだけではないと思います。松枯れが起きるのはマツノザイセンチュウだけが原因でもないようです。大気汚染や土壌の栄養バランスからくる松自身の活力低下も要因だとか。
「新潟県指定天然記念物
村雨のマツ
指定年月日 昭和31年3月23日
「村雨のマツ」はクロマツの大木で、幹周りは最大部分で約6mあり、樹高は約19mにおよぶ。枝張りは東西約14mに広がっている。
 江戸時代ここに御番所があったことから「御番所の松」とよばれていたが、明治に佐渡を訪れた尾崎紅葉が、このマツを見て「村雨の松」と命名した。
 また、「松になりたや御番所の松に 枯れて落ちても離れやせぬ」と両津甚句にも唄われている。
平成11年6月
新潟県教育委員会
両津市教育委員会」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月14日 (日)

有明の松(伐採)

茨城県石岡市中戸 撮影2007.9 MAP
Pa050010w200  地図に「有明の松」と表示があったので行ってみました。かつてここに県指定の天然記念物にまでなった松の大木がありました。昭和55年松くい虫にやられて伐採されたとのことのことです。名板や案内板はそのまま残っていました。伐採後、同じ場所に写真のような松が植えられたようです。
「有明の松
所在地 八郷町大字中戸字有明
 この松の樹齢は明らかでないが直径1mあまりもある直幹、四方に張った大枝は常に天風に吟じ、行き来の人の目標ともなる見事な一本松であった。この辺からすぐ東に見える難台山をめぐって、昔合戦があった。砦は山の東側にあり頂上から西側は戦場にならなかったが、岩瀬、下館方面の味方から来る兵粮がこの辺からひそかに山道を運び上げるので夜になると小荷の往来がしきりであった。合戦は新緑の頃からはじめて、翌年の五月に終わったが、この一年間、力戦した城兵も、糧道を敵に探知され、西から来る糧米を途中で奪取され、遂に食つき、城主は戦死し、城は焼かれ、城兵の大半は敵の眼をかすめて逃げ去った。城危しと見たその夜、城主は篭城していた婦女子を城から落とした。五~六名の従者に守られた婦女子は、敵の包囲する東側を避け、山道を這い上がて頂上にたどり着き、それから闇の中を西に降りた。敵の追撃が恐ろしく、夜が明けるまでに里に下りたいの一心で、険しい山の降り道を手足を血だらけにして、ようやく平地にたどりつき夜明けを迎えた。敵の眼からのがれ、やっと安心し、道添にある大松の下で一休みした時、夜明けの空がさわやかであったので、自分等の行先も、この松にあやかり、長くたくましかれとの念願から有明の松と名づけてここを立ち去ったといわれる。
 昭和41年3月7日県指定の天然記念物となったが昭和55年松くい虫のため伐採された。
昭和55年12月
八郷町教育委員会
有明の松保存会」

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年6月 3日 (日)

秋葉のクロマツ

東京都大田区田園調布5-3-19 都指定天然記念物 撮影2007.5
目通り3.9m 樹高15m 樹齢300年以上  巨樹MAP
P6020030w400 P60200381w180  東急東横線田園調布駅より徒歩約15分の高台にある老松です。初めて田園調布の街を歩きましたが、こんなに坂が多いとは思っても見ませんでした。おまけに道にも迷ったりして汗だくです。
 松は幹が曲がったり傾いたりしやすいのですが、この黒松は見事に直立しています。この木の周りには民家が接近しており、また根元に秋葉社の小さな祠が祀られていたりで、根元の写真を撮ることができませんでした。
「都天然記念物
秋葉のクロマツ
所在 大田区田園調布5-3-19
指定 昭和38年3月19日
 主幹は直立し、根もとから約7mのところで枝を四方にのばし、傘状に拡がる。目通り幹囲3.9m、高さ約15m。
 根もとに照善寺の守護神として秋葉神社の小祠が祀られているので、「秋葉のマツ」といわれている。
 多摩川の台地の上にあって、遠くからも望見することができ、樹勢は旺盛である。都内におけるクロマツの巨大なものとして指定。
 クロマツは海岸地方に多く自生する常緑樹で樹皮は暗褐色、四月に開花する。オマツとも呼ばれる。
昭和43年10月1日 建設
東京都教育委員会」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

あかぎ | あかしで | あかまつ | あこう | あめりかすぎ | あめりかすずかけのき | いすのき | いちい | いちょう | いぬまき | いぶき(びゃくしん) | うめ | うらじろもみ | えぞまつ | えのき | えんじゅ | おおしらびそ | かいのき | かき | かごのき | かし | かしわ | かつら | かや | がじゅまる | くすのき | くろがねもち | くろまつ | くわ | けやき | こうやまき | このてがしわ | こぶし | ごようまつ | さいかち | さくら | さねぶとなつめ | さるすべり | ざくろ | しい | しだれやなぎ | しなのき | しらかし | しろまつ | すぎ | すずかけのき | すたじい | すだじい | たけ | たぶのき | たらよう | ちしゃのき | つつじ | でいご | とちのき | とねりこ(たも) | はくもくれん | はるにれ | ひいらぎ | ひのき | ひまらやしーだー | ふうじゅ | ふじ | ぼだいじゅ | むくのき | めたせこいあ(あけぼのすぎ) | もみ | もみじ | もみじばすずかけのき(ぷらたなす) | ゆりのき | らかんまき | らくうしょう | りんご | 中国 | 京都府 | 兵庫県 | 北海道 | 千葉県 | 埼玉県 | 宮城県 | 宮崎県 | 山形県 | 山梨県 | 岩手県 | 徳島県 | 愛媛県 | 新潟県 | 東京都 | 栃木県 | 沖縄県 | 神奈川県 | 福岡県 | 福島県 | 秋田県 | 群馬県 | 茨城県 | 都道府県市町村の木 | 長野県 | 静岡県 | 鹿児島